スマートグラスで人は何を見るのか?

2026年6月、私は深圳国際展示会に招待されました。
3年前から同時開催されている「Shenzhen International Eyewear (AI) Design Contest」では、世界中のデザイナーの中から選出されたマスタークラスの一員として出品しています。賞金総額は1,000万円。この規模で賞金が用意された眼鏡デザインコンテストは、他に例を知りません。

開催地が深圳であることから、当初から私は、このコンテストが「AIグラスの未来」を掲げた先鋭的な場だと信じて疑いませんでした。そこで私は、「MN」という“空想を現実にする”3Dプリント全開のプロジェクトで、毎回フルスイングの提案を続けています。

しかし実際の審査軸は、そうしたコンセプト勝負とは異なる場所にあります。評価の中心は、「機能性」や「市場に受け入れられる現実性」に置かれているようで、ラディカルな提案は必ずしも歓迎されません。

コンテストの冠から読み取れるビジョンを信じて、私と同じように振り切ったデザインを持ち込むデザイナーもいます。ところが、そうした作品に対しては審査で質問すら出ず、会場の空気は一様に冷ややかです。ホント寒いです。

それでも私は、その認識のズレを承知の上で、あえて攻め切ったプレゼンテーションを続けています。冷淡な反応も含めて慣れてきました。

今では、この独特な温度差すらも心地よくなり、学生も参加していて現地のファンもかなり増えた手応えがあります。

 

スマートグラスとは?

「スマートグラス」はかなり広い言葉で、音声だけのもの、カメラ付きのもの、目の前に情報を表示するディスプレイ付きのものなど、「何かしら電子的な機能を持ったメガネ」を大きくまとめた呼び名です。

音声機能だけを備えたものはオーディオグラス、スマホの画面を投影したり動画視聴に特化したものはVRグラス、レンズの中に文字やアイコンなどの情報を重ねて表示するものはARグラスというように、名称によっておおよその機能が分かるよう分類されてきました。

近年はプライバシーへの配慮から、カメラをあえて搭載しないARグラスが急速に発展しており、開発競争の主軸もこの領域へ移りつつあります。

ARグラスが今担っている主な役割は、リアルタイム翻訳、ナビゲーション表示、各種通知インフォメーション、作業マニュアルの提示など、日常や仕事を支えるアシスタント機能です。

ARグラスは普通のメガネを掛けた視界に情報がグリーン1色で表示されることが多く、2027年にはカラーモデルが続々と登場するでしょう。

 

スマートグラスの未来

2013年、Googleは「Google Glass」でスマートグラスの先駆けとなりましたが、バッテリーの制約やカメラを巡るプライバシー問題などから、構想どおりの普及には至らず開発を停止しました。私は当時、街中でGoogle Glassをかけている外国人に声をかけたことがありますが、日本でフレームを製作しているという話とともに、「今Googleは開発中で、このままでは現実的な製品にはなりにくいだろう」と言っていました。

あれから10年以上が経ち、状況はまったく違うフェーズに入っています。Googleは韓国のサムスンやクアルコムと組んで新たにスマートグラスを開発しており、GENTLE MONSTERやWarby Parkerとの連携からも、本気度は充分です。中国でも、テック都市・深圳を中心にスマートグラスメーカーが数多く生まれ、アリババはすでに複数のモデルをラインナップ。深圳の街中でも、実際にスマートグラスをかけている人を何人も見かけるようになりました。


Metaは、RAY-BANやOAKLEYを傘下に持つルックスオティカと提携し、現在もっとも台数を売っているスマートグラスメーカーに成長しました。ただし、現時点でのARグラスとしてのスペックに限って言えば、中国勢と比べてまだ物足りない印象もあります。その一方で、Even RealitiesやRokidといった深圳発のメーカーが力強く伸びてきており、この分野がまだ流動的な“群雄割拠の時代”にあることを示しています。

日本では、福井県鯖江市のJIGJPが「SABERA」というスマートグラスを開発し、クラウドファンディングのMakuakeで1億6,000万円以上を集めました。テック都市のように伝統的な眼鏡産地からも、スマートグラスのメーカーが次々と立ち上がることはありませんが、私もSABERAを買いました。

現在は深圳を中心に新興メーカーが次々と立ち上がる創世期ですが、今後スマートグラスの普及率が上がれば上がるほど、最終的な勝負は「どのアプリとサービスを載せられるか」、つまりプラットフォームとエコシステムの戦いに移っていくはずです。そうなれば、OSとクラウドとAIを握っているテックジャイアントが有利になる流れは避けられないでしょう。

また、度付き対応については、フレーム売り+レンズ後付けという従来型ではなく、メーカー側が度付きまで一体で設計・提供する形が主流になっていく可能性があります。その場合、従来の眼鏡店の役割は大きく変わり、単なる「度付きの窓口」から、視覚と機器全体を含めたコンサルティングやサポートへと、存在意義そのものをアップデートしていく必要が出てくるでしょう。ただそれも一時期を担うだけで、いずれはアップルストアのような直販体制へ移行します。

私達のようなメガネ店が消滅する未来が数パーセントでも可能性がある事に危機感を覚えます。

 

AIの進化と伴にあるスマートグラス


今年は深圳AI協会の協力もあり、アリババやEven Realitiesの現場を見学する機会を得ました。そこで見せてもらった製品や技術は、おそらく彼らにとっては「数年前の世代」にすぎないでしょう。私は2020年頃から、網膜投影レーザー式スマートグラスのフレーム生産に携わり、昨年は深圳の新興ARグラスメーカーから、越境時のAIアプリのテスト依頼も受けました。しかし、そのどちらのプロジェクトも、今は無くなりました。それほどまでに、この領域の変化は速く、容赦がありません。

今ここで書いている内容も、数カ月先にはまったく意味を持たなくなっているかもしれません。バッテリーのランタイムはこの1年で一気に進化し、小型化とともに「2日持つ」レベルまで伸びてしまいました。AIの進化と似たスピード感で進歩していきます。

デザインはどこへ向かうのか

MetaがOculusを買収したとき、「とんでもない時代が来る」と直感しましたが、そのとき想像していた未来のさらに外側に、いま自分が立っていることを実感します。

世界中を見渡しても、前衛的な眼鏡デザイナーが減りました。変わったデザインをしている私のもとには各国からたくさんのオファーが届くようになりました。コンテストでは何位なのかさえ分からないような扱いを受けつつも、「発想し、かたちにする人間」がAI時代にこそ必要とされているのだと、皮肉なかたちで教えられています。

深圳国際展示会の3日目には、「コモディティ化し低価化するメガネへの対抗策」というテーマで講演も行いました。私の前に登壇したヨーロッパ人3名は、それぞれ「市場性」「機能性」「売上拡大」について語り、いかに数字を伸ばすかという文脈が中心でした。

その直後、深圳眼鏡協会のボスがマイクを握り、「いろんな事情があるのはわかるが、中国の若手デザイナーたちよ、もっと個性を出してデザインしろ!」と檄を飛ばしていた光景が、とても印象的でした。

一方で、日本ブランドやメイド・イン・ジャパンの“威光”は、かつてのような絶対的な価値ではなくなりつつあります。日本人デザイナーも、以前ほど海外で特別視されなくなってきました。その現実を認めざるを得ない場面も増えています。

日本に限らず、世界中が大量生産と価格競争の波に飲み込まれています。テクノロジーとデザインを融合させ、新しい役割を見つけていくのか。今ここが岐路であるかどうかも分かりません。

私たちはどこへ向かうのか。

 
 
note.でも連載中です。

 
 

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