続・前澤ファンド
CHECK!!
前澤ファンドの企画とこれから
先日、前澤ファンドへの応募と二次審査で落選してしまったブログを書いたのですが、このプロジェクトはファンドや投資家が現れなくても継続しようと決めていたのでプロジェクトはスタートしています。
前澤ファンドへ提出した総事業規模は約5億円だったのですが、当然その資金を調達するのは困難です。
再度フェーズを細かく分けて最初の段階の資金をスケジューリングし、銀行借入れなどで調達することが出来ました。
これは2015年にメガネの生産工場を立ち上げた際に用意した資金の倍にあたり、そりゃもうこんな時期にフルスイングするアホがいるかってくらいの感じのプロジェクトだと思います。
今後も資金繰りに苦労することは目に見えているので、どこかのタイミングでまた投資家の方へプレゼンしたりピッチしたりする日々が来ることでしょう。
自分では意外だったのですが、メガネナカジマのお客様や友人・知人から前澤ファンドの件を多く聞かれました。こんなにも多くの方に読んで頂いているんだなと実感することが出来ました。
先月、プロジェクトの正式始動するまで前澤ファンドの企画内容を公表できなかったのですが、これからはここを見られている方々に少しづつオープンに出来るところからお話したいと思います。
スポーツサングラスのブランドを立ち上げています
2016年から自社ブランド「GROOVER」の売り込みをすべく、アメリカへ頻繁に渡米していました。
保守的な米国市場で展示会に出ているだけでは活路を見いだせず、2017年から取り扱って欲しいメガネ店やアパレルショップへ飛び込み営業を敢行していました。2年以上続けた結果、行くお店がなくなるくらい行き尽くしました。
恐らくアメリカのメガネ店やメガネブランドを一番多く直接訪れた日本人だと思います。
カナダもバンクーバーとトロントは制覇しています。
当然、今の時代に飛び込み営業なんてするブランドなんて無いので、インパクトはかなりあったようです。
飛び込みながらも、ちゃんと話を聞いてくれてGROOVERを見てくれるんですよね。
展示会に出展しているだけでは、とてもこうはいかない。
成果はそれほど良くなかったのですが、そんなハチャメチャなことをやっていると手助けしてくれる人がいるんです。ロサンゼルスにもニューヨークにも。
そんな手助けに甘えに甘えた先で、OAKLEYの元スタッフ達と出会うことが出来ました。
私はGROOVERもさることながら、スポーツサングラスをかなり早い初期からメガネナカジマで取り扱っていました。
日本のスポーツサングラスシーンの最初から見たなというくらい自負しています。
2000年以降、スポーツサングラスはバブルのような物凄い人気になるのですが、田舎町の眼鏡屋がとんでも無い売上をスポーツサングラスで上げることが出来ました。
今度、どこかでお話したいと思いますが、売り場面積10坪の店で年間1億円の売上を立てていました。
通常、私達のような個人のメガネ店で年間2000万円も売ればそこそこやっていけると言われていた時代です。
27歳で売上1億円を達成したのですが、一方では忙しすぎて精神が崩壊するくらいキツい日々でした。
2021.05.26
「XAZTLAN」スポーツサングラス
スポーツサングラスブランドを立ち上げるコラムを昨年から書いておりまして、プロジェクトは着実に進んでおります。順調かと言えばそうでもないのですが、産みの苦しみの真っ只中と言った感じです。 残念ながら前澤ファンドによる資金調達は叶いませんでしたが、昨年はコロナ禍による国・市区町村の支援・助成金...
OAKLEYを離れたデザイナー達と組みます!
以前からスポーツサングラスのブランドをやりたい思いはあったのですが、GROOVERのようなアセテートフレームとは作りが違い、お金の掛かり方も桁違いです。
まず工場の規模と設備が10倍以上違う。これを自前で作ろうとは思っていませんが、作るノウハウがそれ以上に無かった事が原因でした。
しかし、2018年からとある国内の電機メーカーのアイウェア型ARデバイスのプロジェクトに参加させて頂き、幸運にも生産のノウハウを学ぶことが出来たのです。
そこで生産知識を得たことにより、スポーツサングラスブランドの実現性が格段に上がりました。
OAKLEYはレイバンなどを有する世界最大のアイウェアグループ”Luxottica”に買収されて以降、プロダクトデザインは以前のような輝きを失っていました。
アメリカからイタリアへコントロールが移譲したため、多くの優秀なスタッフがOAKLEYを離れてしまいました。
そんな全盛期のデザインをしていたデザイナー達との出会いによって、”もしかしたら今なら凄いブランドが作れるのではないだろうか”という野望が沸々と湧き上がってきたのです。
アメリカの彼らも「日本からスポーツサングラスブランドが立ち上がるのであれば参加するぜ」と言ってくれたのです。
それなら”やろう”ってことになり、資金繰りを考えだしたのが前澤ファンドへの応募のきっかけとなったのです。
目標は東京オリンピックで選手に着用してもらう!
本来ならもうプロダクトが出来ている予定だったのですが、コロナウィルス感染拡大によって遅れてしまい今に至ります。
また前澤ファンドの審査に残っていたので、それの結果待ちに半年間を要してしまったというのもあります。
どちらにせよ、世界同時多発的に起こったコロナウィルス感染拡大なので、今の動きが最短だったかなと思っています。
当初は2024年のパリ大会で選手に着用してもらえたら良いなぁと漠然と考えていたのですが、「どうせやるなら東京からでしょ」というアメリカチームからの後押しもあり急ピッチで進めています。
開催されるとしたら、すでに1年を切っているので準備できる期間はそれほど無いと考えています。
前澤ファンドの審査において、一次審査から「小売は流行り廃りの要因が大きく不安定である」ことを指摘され続けてきました。
確かに販売する経費やモノを作るコスト、宣伝する広告費などお金が掛かる割に儲かりません。
在庫負担という地獄のスパイラルも待ち受けています。
これは27歳の時に1億円の売上を立てていたメガネナカジマであっても、資金繰りはずっと苦しかったのです。
莫大な借金があったことも原因ですが、、、、。
投資家の皆さんは多くの事業を広く知っているので、当然の判断だと思います。
しかし、自分はものづくりやデザイン、クリエーションをすることしか出来ないので、この道に賭けるしかありません。
そして何よりも自分がやりたいことにチャレンジするまでだ!と腹を括りました。
これからドンドン発信していきますので、お楽しみに。
2020.07.22
前澤ファンド
今年1月に元!?ZOZOの前澤友作さんが発表した「10億円を10人の起業家に投資する 前澤ファンド」に、かねてよりやりたかったプロジェクトがあり応募しました。 昨年より自分の中でその「やりたかったプロジェクト」を企画書化していて、投資家の方などにお会いさせて頂きピッチも行っていました。 ...
中島 正貴
有限会社スクランブル 代表取締役
1999年にメガネ業界に入る。新宿の紀伊国屋にあった三邦堂(閉店)でドイツ式両眼視測定を学ぶ。2006年よりメガネブランド「GROOVER」を立ち上げ、国内外の展示会へ出展する。2011年より世界初のレンズカスタムレーベル「GOODMAN LENS MANUFACTURE」を立ち上げる。2016年より世界のアイウェアシーンで有名なアイウェアマガジン「V.MAGAZINE」、アイウェアエキシビジョン「V.O.S」の日本開催権を取得。ネコ・パブリッシングの協力により「V.MAGAZINE JAPAN」の刊行と、「V.O.S TOKYO」を開催する。2021年には日本発のスポーツサングラスブランド「XAZTLAN」を発表。2022年、メガネの「ホントにミニマムな国際展示会RAMBLE」を7年ぶりに復活。2023年、5坪のメガネ屋「陽ハ昇ル GROOVER×XAZTLAN」を表参道にオープンさせるなど精力的に活動中。
職歴
・メガネナカジマ代表
・陽ハ昇ル GROOVER×XAZTLAN オーナー
・GROOVERデザイナー
・GYARD主宰
・XAZTLAN(ザストラン) CEO
・東京セイスターグループ理事
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