レジェンドたちの回顧録 後編・オードビー 佐藤吉男さん

1996年にオープンしたオードビー。オープンまでの経緯を聞いた前編に続き、後編ではサングラスショップとしてどのようにして新たな市場を切り拓いていったのか、また、これからの眼鏡業界について思うことなどを語ってもらった。

 

“わざわざ来てもらえる店”を目指して

小売りの現場を知るため、そしてセイスターの商品力を実証するためにオードビーを立ち上げたとのことですが、なぜそれが“サングラスショップ”だったんですか?


佐藤 それは、サングラスのみという明確なコンセプトが訴求できるからです。最初の店は北上野で、5坪ほどの狭い所でした。どの駅からも結構歩かなくてはいけない不便なところだったんですが、ならばお客さんにわざわざ来てもらえるようなブランドを並べようと思ったんです。当時、“眼鏡は眼鏡屋さん”、“スポーツサングラスはスポーツ用品店”と棲み分けされていたから、それらを一緒に並べたいという気持ちもありました。最初に扱ったのはオークリーやステューシー、そして以前から知り合いだった三瓶氏のフォーナインズ。あと、アラン ミクリですね。

店舗の経験はなくても、魅力的な商品を仕入れられる人脈はあったわけですね。

佐藤 はい。たまたま時期も良かったと思っています。フォーナインズが本格的に販売をスタートし、オークリージャパンが立ち上がったのも1996年。タレックスが直営店のプロショップをスタートしたのもその年だったんですよね。

その頃、来店するお客さんの情報源は雑誌ですか?

佐藤 そうですね。最初は『アングラーズクリーク』という釣り雑誌の取材を受けました。小さな扱いだったんだけど、それを見た他の雑誌関係者がまた取材に来るなど結構反響があって。

当時バス釣りが流行っていたんですが、釣り用のカッコいいサングラスがなかったんですよね。それで、アルマーニや当時大ヒットしたステューシーの「マイケル」というモデルに偏光レンズを入れたりなど、皆がやっていなかったことをしていたらお客さんが来るようになったんです。当初ファッションとスポーツの二軸でやるつもりだったのが、圧倒的にスポーツの需要のほうが多かったですね。

ハイカーブの度付きレンズを自ら作る!?

佐藤 そもそも、当時はスポーツグラスに対応するハイカーブの度付きレンズが無かったんですよ。では、無いならば作ろうと。当時東京にあった根橋レンズ(現:TSL)に相談して、プラスレンズのセミ品はカーブがついているから、それを削ったらできるんじゃないかってことで、スポーツグラスに応用したんです。でも、これまで実例がないから、カーブがつくと度数補正が入るなんてことは知りませんよね。眼鏡と同じ度数で作ったら「クラクラして掛けられない」とクレームを受けたりして。そんなもの売るなと、眼鏡業界から批判を受けたこともありました。でも、実際にお客さんが求めていたら、やるしかないですよね。

その後、オークリー「RX」の海外での作例を見る機会を得て、だんだんわかるようになってきて。日本に上陸するまでは、自分で度数計算をして、レンズも手擦りで対応していました。スポーツグラスっていろいろな形があるから、それに度付きのレンズを入れるのは本当に大変でしたね。

強度近視であるご自身でも試されながら?

佐藤 僕の場合は度数的に作成範囲外の場合が多いから、先ず自分自身が使えるスポーツグラスの開発を始めました。そこで先ほど触れたマーチャンダイジングの考えが活きてくるんです。同じように強度近視で困っている人が必ずいるわけだから、消費者のその要望をくみ取ったものを作っていけばいいのだと。

お客さんの困りごとを解決していくうちに、それが口コミで広がってプロにも頼られるスポーツサングラス専門店へとなっていったんですね。

 

スポーツサングラスの存在を周知させた2つの出来事

これまで、日本のスポーツサングラスシーンが変化したと感じた出来事はありましたか?

佐藤 1998年の長野オリンピックで、スピードスケートの清水宏保さんがオークリーのMフレームを掛けて金メダルを獲ったんですよね。その時は、岡崎朋美さんや堀井学さんもオークリーを掛けて活躍していて。そして2000年のシドニーオリンピックではマラソンのキュウちゃん(高橋尚子)が、サングラスを投げて話題になったでしょう。そのぐらいから、スポーツサングラスの存在が広く認知されたように思います。

それが一つ目だとしたら、二つ目はオークリーが度付きのRXレンズを日本でスタートしたことですね。ちょうどその頃、他のメーカーでもそうした動きがあって、多くの眼鏡小売店でもスポーツサングラスを度付きにできるようになったわけです。

なるほど。お店が扱いやすくなったことで、広がっていったと。でも、すでにその時にオードビーにはかなり知見が蓄積されていたわけですよね。

佐藤 自店のWEBサイトには早いうちからこれまでの作成事例を載せていたので、うちのサイトを見て勉強したという小売店の話も聞きますよ。もちろんセイスターにオードビーの成功情報をすべて提供したので、それでオリジナル製品の開発スピードも速くなっていきましたね。

そうして自ずと、オードビーもセイスターもスポーツに強くなっていったんですね。

 

近所のジョギングから、エベレスト登山まで

改めて、専門店としての強みはどこにあるとお考えですか?

佐藤 かれこれ30年近くやっているので情報の蓄積量が圧倒的に違います。たとえば、これからジョギングを始めたいというビギナーにはもちろん、エベレストに登頂したい、ル・マンに出たいという極限状態に挑むプロに対しても、サングラスを使う場面に関してはアドバイスができるわけです。これまで様々なプロアスリートをサポートしてきて、皆さんが実際の現場で使った感想をフィードバックしてくれますから。もちろん自分たちもスポーツが好きでいろいろな場面でフレームやレンズを試してはいますが、やはりプロにしか体験できないこともあるので。

なるほど。そうした知見こそ強みなわけですね。

佐藤 お店って、出店したら他店とシェアを取り合っていくことになるわけじゃないですか。他と同じことをしていたら自分も取られる可能性があるわけで、だったら新しいシェアを自分で作ればいいという気持ちでやってきました。人の意見は十人十色だから、たとえ人の意見と違っても我が道を行く。強情と言われるかもしれないけれど、その意地こそが自分の個性であり、コンセプトになるんじゃないですかね。

オードビーを始めた頃は、たくさんのコンセプトショップが登場した時代でもありました。

佐藤 オプティシァンロイドやOBJといったコンセプトショップの先駆け的なお店には、従来の眼鏡店にはないかっこよさがありましたよね。その後、コンセプトショップは急に増えていきましたが、人気ブランドを後追いで並べても、それは「本当にコンセプトショップなのかな」と思うことはありました。厳密にいえば、それは“セレクトショップ”なわけですが、セレクトの方向性が無い店も少なくないように感じていました。眼鏡をファッションとして捉えていこうという方向性は良いんだけど、中身が追い付いていない。フォーナインズやアラン ミクリを置いておけばセレクトショップの完成、と言わんばかりで、実際スタイリストやカラーリストを置いたり、メイクの勉強をしたと言えるお店は無かったんじゃないでしょうか。

 

眼鏡はまだ“ファッション”になり切れていない

それでは、佐藤さんは今の眼鏡業界をどうご覧になっていますか? また、これからを担う世代に伝えたいことはありますか。

佐藤 僕は結果的にスポーツがメインになったけど、やはり眼鏡がファッションアイテムとして認識され、伸びていかないと、眼鏡業界は悪くなっていくのではと思っています。僕らが若いとき、「眼鏡はこれから一兆円産業になる」と言われていたんです。理由は、団塊世代の人たちが老眼になり、眼鏡を買うようになるからだと。でも、ならなかった。その理由は、女性が眼鏡を掛けたがらないということですよね。女性って、いくつもバッグを持っていたりするじゃないですか。そうした感覚で取り入れてくれない限り、市場は小さくなるばかりでしょう。

やっぱり眼鏡を‟実用品“とするだけでなく、ファッションなどのジャンルで括っていかないと。そういう意味では、スポーツグラスって“趣味”の範疇なんです。趣味の物って、今日買ってもまた気に入ったものがあれば、次の日も買いに来るということがあるわけですよ。でも、実用品となると、何年も買いに来てくれない。やっぱり、これからも大事なのはポジショニングだと思いますね。

 

【取材を終えて】

今回、佐藤さんに取材をした理由。それは、「道のない所に道を作った人」だと感じていたからです。誰かの真似をするのではなく、道のない所を自分で開拓しながら、歩いてきた人。方向性は違うけれど、それは前回登場いただいたリュネット・ジュラの高橋さんも同じでしょう。

コンセプトショップと聞くと、その時代の人気ブランドをセレクトしているお店を想像しがちですが、きっとそれは単に扱う“モノ”だけで定義されるわけではなくて。以前、別件で佐藤さんを取材したとき、何か“信念”のようなものを感じたんです。その信念こそ、コンセプトなのではないかと。(もちろん、信念が結果的に扱うモノにも表れるわけですが)

そう思うと、コンセプトショップって、あまり簡単に使って良い言葉ではないですね……。人は技術や商品だけでなく、お店の信念に惹かれるのであって、それがなければ「他の店でもいいや」と入れ替え可能な存在になってしまう。これは職種に関係なく同じことであると自戒もこめつつ、改めて考えさせられたのでした。

 
 
オードビー
日本におけるスポーツサングラスショップのパイオニア的ショップ。オークリー、999.9、タレックスなどの日本で一番最初から取り扱うなど、オードビーが日本のメガネ店に与えた影響は大きい。

東京都台東区上野5丁目13−11 第二オリエントビル 1F
03-5816-5090 ウェブサイト

 
 

 
 

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