
イージーライダーのサングラスを完全再現するトイズマッコイの底力
映画は時にストーリーだけに止まらず、ファッションやライフスタイル、そして社会現象にまで発展することがあります。その作品の一つに挙げられるのが、1969年公開の“EASY RIDER”。同作品に登場するサングラスに影響を受けて、それをゼロから再現してしまった、というモノづくり集団「トイズマッコイプロダクト」について語ります。
目次
アメリカン・ニューシネマの金字塔
イージーライダーを“バイク乗りのバイブル”とする人も言えば“ヒッピー映画”という人もいますが、合っているようで合っていません。恐らく一度観ただけでは難解な「カルトムーヴィー」。主演は制作や脚本も手掛けたピーター・フォンダとデニス・ホッパー。この作品は今より遥かに分断、いや大乱闘といっていいくらいアメリカが荒れていた時代に作られました。ヴェトナム戦争、公民権運動、JFKを始めとする指導者の暗殺事件、ヒッピームーヴメントという象徴的な出来事を軸に、アメリカ原理主義とリベラリズムがぶつかり合う中で、若者二人が漂泊の旅を介してアメリカとは何か、自由とは何か、という問題に直面します。結果、ヒッピーコミュニティーにも馴染めず、迫害的な南部ではリンチに遭って旅に加わった仲間を失い、そして最後には答えの出ぬまま悲惨なエンディングを迎えるという、ある意味救いようのない映画でした。
ファッションやライフスタイルへ与えた影響
この映画は当時のアメリカそのものを映し出す鏡であり、アメリカ国立フィルム登録簿に永久保存されるほどの名作となりました。一方で主役二人のファッションやライフスタイルは若者に大きな影響を与えます。旅を象徴する“チョッパー”と呼ばれるモーターサイクルはその最たる存在。チョッパーとは不良が盗んだバイクのパーツをカットしたり溶接したりして、原型が判らない=盗品だと気づかれないように改造したものの隠語です。劇中ではピーター・フォンダ扮するワイアット(キャプテン・アメリカ)とデニス・ホッパー扮するビリーが、ドラッグディールで得た大金を使ってハーレーダビッドソンのチョッパーを手に入れます。この2台、特にワイアットのチョッパーが世界中の若者の目をくぎ付けにし、バイク文化が一気に広まります。また主人公たちのファッションにも耳目が集まり、トリコロールラインをあしらった革ジャン=シングルライダースジャケット、そしてメタルフレームのサングラスを真似る若者が大量に溢れることとなりました。
主人公と同じものを身に着けたい、がモノづくりの原点
若者がこぞって真似た革ジャンもサングラスも、冷静に考えると何となく雰囲気が似ているだけでした。革ジャンは’60年代に消滅したABCレザー製。サングラスは当時のB&Lレイバンのオリンピアンをベースに薄色レンズを入れた特注品? どちらも全く同じものは新品で入手できません。それそのものを再現しようと21世紀になって声を上げたのが、トイズマッコイプロダクトです。元は雑誌“ポパイ”の表紙などで活躍していたイラストレーターの岡本博さんが、子供の頃から憧れていたスティーヴ・マックィーンが映画“大脱走”の中で着ていた革ジャン=アメリカ軍の革製飛行服「A-2」を本物と同じ仕様でゼロから復刻したのがブランドの成り立ち。何しろ本業はイラストレーターで、自分が着るために欲しいからとアパレル畑でもないのにつくってしまった情熱がスゴい。その彼がイージーライダーの撮影用に複数台造られたチョッパーの実物と出会い、そして手に入れたことで若き日に観たイージーライダーへの情熱に再び火がついたのが事の始まりでした。
数百枚の静止画を精査して、誰も知らなかった事実を探り当てる
彼らがミリタリーを始めとする、ヴィンテージウェアを復刻する際には現物の古着を手に入れることから始まります。しかし映画のプロップ=小道具の場合、役者に合わせて改造が施されていることも少なくないので、公開時のスチール写真や撮影の合間のオフショットを可能な限り集めます。さらに映像ソフトを細かくチェックし、気になるシーンはスキャンしてプリントアウト。その数は数100枚、と徹底的に細部を検証します。また今回はレイバンに造詣の深い眼鏡店の力を借りることで、誰も知らなかった事実が判明したそうです。それは、オリジナルのオリンピアンが8ベースカーブのラウンドシェイプであるのに対し、フォンダのそれは6ベースカーブほどに見えるということ。そこに疑問を感じてつぶさに観察していくと、意外な事実が判明しました。レンズとフレームに隙間が空いているうえに、ボンドで固定した形跡や不自然に歪んだブリッジやテンプルなどから、どうやら8ベースカーブのフレームに無理やり6カーブのレンズを入れて、それを手で曲げて掛けていたと……。
幾度となく修正したサンプルから、完璧を導き出す
徹底した検証によって判明した事実を基にしたプロトタイプづくりは、工具を使わない手作業によって行われたそうです。当然製品という特性上、レンズに隙間があったりボンドを使うという力技はできないため、コンマ数ミリ単位で曲げては伸ばし、伸ばしては曲げてを繰り返す作業が続きます。ピーター・フォンダに見立てたヘッドトルソーに掛けさせて、全体のバランスを考慮しながら幾度となく修正を加えるという手の掛かる作業が連日続いたそう。こうして仕上がったプロトタイプを基にし、製品化されたイージーライダーのサングラスは、バイカーの長距離欄を視野に入れて腐食に強いチタンを採用。公式ライセンスを取得したオフィシャル・リプロダクトとして完成したのは、ピーター・フォンダの訃報があった1か月後、というのも何か意味深ですね。アイウェアの専業ではないブランドが本気で欲しくてつくったサングラス、ということで紹介しました。
問い合わせ先:トイズマッコイ
住 所:〒150-0011 東京都渋谷区東3-21-2 永野ビル1F
TEL:03-5766-1703
http://www.toys-mccoy.com
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実川 治徳
フリーランスライター
アパレルブランドの店長、プレスを経て2000年からフリーランスライターとして活躍。アイウェアやファッションに特化した記事をメディアに寄稿し続ける。2005年から眼鏡の専門誌として知られるワールドフォトプレス発行の「モードオプティーク」にて、アイウェアの国際展示会SILMのリポートを執筆し、世界中のデザイナーと親交を深める。2016年からはネコ・パブリッシングがバックアップする「V MAGAZINE JAPAN」の編集・執筆を手掛け、世界のアイウェアシーンを発信する。フリーランスのフットワークの軽さを活かし、現在はメガネブランド「GROOVER SPECTACLES」の北米向けセールス&プロモーションを担当。
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