男のメガネ考―メガネのズレ落ちを解消する決定打。“縄手”を選ぶ
映画館で生まれて初めて鑑賞した洋画は1975年の「JAWS(ジョーズ)」でした。ジョーズは確かに怖くてカッコよかった。だから以降、僕の自由帳はサメの絵でいっぱいだったし、小学校に進級した当時も図画工作ではサメの絵やモチーフで溢れていました。
ジョーズはけれど僕にメガネのカッコよさも植え付けました。物語が終盤に差し掛かり、若きリチャード・ドレイファスがケージに入って海に潜る際、ロイ・シャイダーにメガネを外していないことを指摘されて、それをシャイダーに預ける。そしてシャイダーはそのメガネのテンプルを咥えて作業を続ける……。
その一連のやり取りで使われたメガネが“縄手”でした。縄手はケーブルテンプルやワイヤーテンプルとも言われる、古式ゆかしいテンプル構造。テンプルの先がクルッと巻いた、弾力のあるメタルになっており、テンプルを弦(ツル)と呼ぶのはこの形状が語源なのではないかと思います。
とにかくそのシーンでのやり取りに男のカッコよさを感じたんでしょう。シルベスター・スタローンの「コブラ」やミッキー・ロークの「ハーレーダビッドソン&マルボロマン」などに縄手のフレームが登場するのですが、その掛け外しのシーンに僕はワクワクしたものです。
そんな縄手のメガネやサングラスが近年、再注目を浴びていると聞いて黙っていられるはずもありません。そこで今回は、縄手=ケーブルテンプルにスポットを当ててみましょう。
CHECK!!
縄手=ケーブルテンプルの種類
縄手という言葉は一般社会ではあまり聞きなれませんが、現物を見れば納得するでしょう。縄状、あるいはコイル状でクルッと円を描くテンプル=手、もしくはそのテンプルを装備したメガネフレームをこう呼びます。英語圏ではケーブル状ということで、ケーブルテンプルやワイヤーテンプルなどと呼ばれています。
ひとくちに縄手と言っても、いくつかのバリエーションがあります。
1.読んで字のごとく、細い針金状の金属を細かく編み込む伝統的な縄手。
現在ではこの技法を習熟するクラフツマンは、日本でもごくわずかだと言われています。
2.その亜種としてこの縄手にビニールチューブやラバーのスリーブを被せたもの。
これは金属の腐食を防止したり装用感を向上させたり、また縄手の編み目が粗くて髪の毛が絡みつくのを防ぐ効果を狙ったものです。
3.テンプルの先を細く叩いて伸ばして曲げたワイヤー状のタイプ。
これは厳密にいえば“縄”ではありませんが、棒状のメタルテンプルをより細く叩いて伸ばし、手や機械で曲げたものです。19世紀のアンティークフレームに多く見られますね。
縄手の起源から現在まで
縄手は、乗馬などの激しい動きに適した機能デザインとして生まれたと言われています。今の視点で見ればスポーツフレームというわけですね。19世紀にはすでに実用的なテンプル構造として一般に広がりました。ティアドロップの記事でも触れましたが、アメリカ軍のアヴィエイターグラスも縄手が装備され、その後はレイバンのティアドロップ=縄手が定着しました。
しかしながら、それ以外のアイウェアに縄手が使われることはめっきり減りました。時代とともに古臭くて売れない、その割には手間暇が掛かるということで淘汰されるべき運命にあったのでしょう。
それがなぜ近年になって再注目を浴びているのかというと、クラシックデザインが脚光を浴び続ける中で、トップランナーたちが次のクラシックを模索する中で深化していき、縄手の存在が掘り起こされた結果ではないかというのが僕の推測。とにもかくにも上記の伝統的な技法を再現するブランドもあれば、当時にはなかったβチタンの技術で現代の縄手を標榜するブランドも登場するなど、賑わいを見せています。
縄手のメリット・デメリット
縄手のメリットはその出自が物語る通り、ズレにくいという点。特に汗をかいている時、一般的なテンプル形状はどんどんズレ落ちて、首を激し振ると外れて飛んでいきます(実体験)。その点、縄手は耳に絡みつくようにホールドするのでフロントがズリ落ちても耳から外れることは稀です。
私事で恐縮ですが、この時期に召集される町内会主催の草刈り行事では縄手のサングラスが非常に良い働きをしてくれます。なにせ草刈り機で両手が塞がっている状態です。汗でズリ落ちてくるフレームのポジション直すほどイラッとするものはありませんからね。
デメリットは長時間掛けていると縄手の先端が耳に食い込んで痛いこと。古くからの合金製なら自分の手で先端部分を外側に曲げれば解消できますが、βチタン製の縄手は形状記憶性があるので眼鏡店に相談してフィッティングをしてもらうことをお奨めします。
おススメの縄手モデルは?
個人的には、縄手を装備したアイウェアは’70年代以降、レイバンのティアドロップくらいしかなかったような感覚です。ですので、自然とクラシックなイメージが湧いてきます。実際のところ、現在さまざまなブランドからリリースされている縄手モデルは、オーバルやラウンドを中心としたクラシックなスタイルがほとんど。静かで美しい造形に心奪われる我々日本人とは親和性が高いと言えるでしょう。では早速おススメのモデルを紹介していきましょう!
FOUR NINES-フォーナインズ- 「S-182T」
リム上部に七宝で色付けした変形クラウンパントゥ。エッジの効いたブリッジやヨロイ(ヒンジ周り)に力強さがあります。縄手は0.65mmのβチタンケーブルを3本編魅して、スウェージング(鍛造)加工を施したもの。独特の編み目模様の先にはシリンダー状のエンドを装備し、インダストリアルデザインの美しさを誇示しています。
MASUNAGA GMS-マスナガ GMS- 「GMS-196TN」
創業100周年の節目に、昭和天皇陛下に献上したメガネを現代に蘇らせるプロジェクトを遂行した日本最古のブランド。その機会に生産した伝統的な縄手は当時話題になりました。メガネ産業随一の技術をもつ彼らが仕立てたこちら。鈍色のグラファイトカラーを纏ったシンプルなフレームにはだから、物言わぬ迫力が漂っています。
KAME MANNEN-カメマンネン- 「95C-T46」
2013年にメガネのアカデミー賞ともいえる“シルモドール”にノミネートされた実力を持つブランド。1917年に創業したメッキ工場を出自とするだけあって、カラーバリエーションこそ少ないものの、金属の魅力を十二分に表現した質感はさすがの一言です。この限界まで細く仕上げ、耐久性も兼備した縄手の美しさに刮目したい逸品であります。
OLIVER GOLDSMITH-オリバー ゴールドスミス-「CHARLES」
英国の老舗が過去の名機を現代の素材と技術で再現するコレクション。その中から創業者の2代目、チャールズ・オリバー・ゴールドスミスのファーストネームを冠したモデルを復刻。1950年代に発表された同スタイルは、クラフツマンシップを感じさせるヨロイを始めとする美しい造形に加え、細かな彫金を施した豪華なもの。それでいて線が細いので悪目立ちしません。
GROOVER SPECTACLES-グルーヴァー スペクタクルズ- 「AURA」
縄手はクラシック、という先入観を裏切るトップブリッジ&アンダーリムのコンビネーションサングラス。人を食ったようなデザインながら、国内で唯一残る伝統的な縄手職人による伝統的な手編みの縄手を始め、クラフツマンシップ溢れるつくりを踏襲しています。その名が示すように、禍々しいばかりのオーラが漂う1本です。
まとめ
いかがでしたでしょうか?メガネのズリ落ちを防いで、かつクラシック感溢れるスタイルを構築する縄手=ケーブルテンプル。クラフツマンシップとテクノロジーを駆使したこのデザインのカッコよさにお一人でも開眼していただければ、筆者としては感無量なのであります!
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実川 治徳
フリーランスライター
アパレルブランドの店長、プレスを経て2000年からフリーランスライターとして活躍。アイウェアやファッションに特化した記事をメディアに寄稿し続ける。2005年から眼鏡の専門誌として知られるワールドフォトプレス発行の「モードオプティーク」にて、アイウェアの国際展示会SILMのリポートを執筆し、世界中のデザイナーと親交を深める。2016年からはネコ・パブリッシングがバックアップする「V MAGAZINE JAPAN」の編集・執筆を手掛け、世界のアイウェアシーンを発信する。フリーランスのフットワークの軽さを活かし、現在はメガネブランド「GROOVER SPECTACLES」の北米向けセールス&プロモーションを担当。
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